深く、枯れた樹海に埋もれた古城は、静かにその影を朱い幕に染め上げられていく。 立ち上る黒煙は、さながらその城の裡に沈殿していた闇のよう。 空に広がる厚い雲は、その炎に散らされた命を慰めるように、無音の雨を降らせていた。 空は暗く、地より昇る煙はその中に吸い込まれていく。 白い少女は焼け落ちる城を背にして走り続けた。 「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」 大きく見開いた瞳の端に小さな雫を浮べながら、少女―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはその小さな身体を懸命 に前へと進める。しかし、元々余り丈夫ではない、いや、むしろいつ壊れてもおかしくは無い身体での運動は、彼女の体の許容量を 既にオーバーしていた。 「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」 搾り出す吐息が苦しい。 まるで肺をねじり上げられているかのよう。 心臓は既に爆発寸前。 全身を駆け回る血液はまるで油のように熱くて痛い。 これ以上動けば自分はコワレル。 頭の隅で、僅かな理性が足を止めようとする。 けれど、止まれない。 止められない。 (・・・・・・・・・こわい) 怖い。 恐い。 懼い。 唯一つ、イリヤの思考を、命を、心を埋め尽くす感情がそれを許さない。 止まらなければ壊れる。 けれど、止まってしまったらそれで『終わってしまう』 だから、止まることも出来ない。 そう、だから、足を斬り取られたことに気付いたのは、地面にうつ伏せに倒れてからだった。 「あ・・・」 地面に倒れこむ。ぴちゃっと、水溜りに落ちるような音がして、その後で腕が少し痛んだ。 なんて矛盾。 足首から切り裂かれた足よりも、いまこの瞬間だけは擦りむいただけの腕の方が痛い。 底の厚い靴が、地面を踏みしめる音は、嫌にはっきりと聞こえてきた。 「おやおや。これはまた、えらく派手にやらかしましたね」 耳障りな声は、何もかもが終わってから聞こえてきた。いぶかしんで顔を上げると、其処には単眼鏡をかけた、白衣を着た青年 が立っていた。その下には特徴の無いYシャツに黒いパンツという、名前も何も言わなくても『科学者』という単語が浮かびそう な男だ。 もっとも、ただの科学者がこのようなさびしい土地に足を踏み入れることはないし、もとより男の存在感は人間のものではない のは明らか。 そう、自分と同じ、此度の聖杯戦争に呼ばれたサーヴァント。 「何者、と聞いても応えはしまい。それよりも冬木のサーヴァントが何故こんな場所にまで来ている」 「ははっ。これは恐い。そんなに睨まないでくださいよ」 ニタリと口の端を歪めて嗤う男に不快感が沸いてくるが、もうしばらくすれば永遠に遭わなくなる相手のことと無視しようとす る。しかし、男は背後で燃えあがる古城に目を向けながら、興味深いという口調で続けた。 「それにしても、召還されたと同時に主殺しですか。いやはや、個人的にあの家系の秘伝には興味があったのですが、あれじゃあ もう何も残ってないですね。もったいないなぁ。・・・ま、一兵卒と将軍の区別もつかない連中の秘儀がどれほどかは知りません がね」 「少し黙ったらどうだ。私にはやることがある。それの邪魔となるならば、先に排除するぞ。キャスター」 宝具を手に、殺気を隠さずにぶつける。しかし、キャスターのサーヴァントは肩を竦めるだけだ。 「やれやれ。僕としては、君と戦うなんて分の悪いことはしたくないんだよね。君は何回目かは知らないけれど、こっちは初心者 なもんで、ね」 「ほお。なら、聖杯に干渉したのは貴様か」 「その通り」 僅かに目を細めると、キャスターはあっさりと認めた。 「まあ、僕の主と、その盟友が馬鹿みたいに腕の立つ魔術師だったからね。後は力で捻じ込めばなんとかなる段階だったから助か ったよ」 「ふん。何を考えているかは知らないが、ご苦労なことだ」 既に興味をなくし、キャスターに背を向ける。 「戦意が無いのならば消えろ。私にはやることがある」 足元に倒れた、両手両足を失っている少女に一瞥する。銀の髪がいまはどす黒い血で穢れていた。 その中心。小柄な身体を血に縫い付けるように、銀色の魔槍が突き立てられている。それが恐ろしい魔力を帯び、またその槍か ら流れ込む術式が達磨となった少女を『生かしている』ことがキャスターの眼にはハッキリと分かった。もっとも、まともな生命 としてではない。胸を貫かれた痛みをそのままに、永遠に死の直前の苦しみを味合わせ続けるという、ある意味で単純な殺害より もむごたらしい。 「悪趣味ですねぇ。その槍で心臓を貫かれたなら、槍を破壊しない限りはどんなことをしても死ねない。まったく、この子は貴方 にとって、どんな相手なのでしょうねぇ? 」 「応える義務は無い」 しかし、キャスターはさらにその笑みを深くして、 「まあ、どうでも良い事です。僕としては、その人形の肉体の一部でも貰えれば、それで十分お使いが済みますので。 後の部分で貴方がどんなことをしようと、個人の趣味に口出ししませんよ。 まあ、ネクロフィリアでペドフィリアでは救いは無いでしょうがねぇ」 その槍も、とんだ相手に使われたものです、とキャスターは腹を抱えて嗤い出す。 可笑しそうに。 まるで最高の冗句を聞いたかのように嗤うキャスター。 その残像を鋼の二翼が分断した。 「っ!? 」 しかし、手応えの無さに舌打ちする。次いで、針のような殺気が全身を包む。二翼の刃金で大きな円を描き、視界で飛翔する殺 意を捉え、弾丸じみた短剣を打ち落とす。手にした陰陽の夫婦剣が吹き飛ばされそうな衝撃に歯を噛んで堪え、無音の刃の悉くを 打ち落とした。 「アサシンか・・・」 「おや、失礼ですねぇ。彼にはきちんとハサン・ザッバーハって名前があるというのに」 返答したのは、達磨と貸した少女の側に立つキャスターだが、その脇に黒いローブを纏い、髑髏の覆面を被った痩身の人物が、 いま地面に落とした短剣と同じものを構えている。視界に収めているというのに、その気配は希薄。纏った黒衣が、酷く死神を想 い浮べさせる。 「さてさて。この状況を君はどうするつもりなのかねぇ。二人のサーヴァントを相手に、君は主無しで戦うのかな? それとも、 この少女を捨てて消えるのかな? まあ、どちらにしても君が消えた後は、この女の子を僕らの主の下へと連れて行く手はずにな っているけれどねぇ」 にやつくキャスターに一瞬だけ、肌が熱くなる。 しかし、即座に胸の奥の剣が、その熱を切り裂く。 この場で、こいつらを殺すことは出来ない。 幾通りかのシュミレートを行っても、彼らを殺し、なおかつ自分の目的を果たすのは難しい。 ならば、確実な方を取る。 「・・・・・・・・・私に、何をさせたい」 切り出すと、キャスターは単眼鏡を僅かに直し、 「なぁに。簡単ですよ。私に協力してくれれば、それで十分。強いお友達は、幾ら居ても足りませんからねぇ。 そうは思いませんか。錬剣の弓兵殿? 」 チェシャキャットのような笑みを浮べて、キャスターは朱色の外套を纏った弓兵にそう言った。 「さてと、一体どんなのが来るのやら」 俺は冬木駅の前に立って、約束の時間を広場の中心にある時計で確認する。アインス爺さんから聞いた時間はもうすぐのところだ。 (それにしても、どんな人が来るんだろう) 期待2。不安が8といった感じの面持ちで人を吐き出す改札口に目を向けながら、アインス爺さんから聞いた相手の特徴を探して きょろきょろと視線をめぐらせる。 昨日の夜、ライダーとランサーとの遭遇と、一連の事件が聖杯戦争なのだということは分かったが、それ以上の話は依然として謎 のままだ。報告がてら電話した遠坂は捕まらないし、イリヤは聖杯戦争に参加するためにアインツベルンに寄ってからと言うことで 連絡が取れなくなっている。 サーヴァントたちが本格的に動いている以上、俺だけではどうにもならないことは前回で十二分に分かっていた。 だから、いまは大人しく『何とか出来る人』を待っているわけだ。 「それにしても、教会の代行者位でサーヴァントがどうにかなるものなのかな」 腕を組んで、かつての戦闘を思い出す。 どのクラスのサーヴァントも英霊の名に恥じない、強大な力を持っていた。 基本的な性能は言うまでも無い。 あまたの戦場を乗り越え、伝説に語り継がれるほどの神業を身に付けた者たち。 その真の力たる宝具を放てば、それこそ人間なんかではどうにもならないと思うのだけど。 「アインス爺さんが化け物じみてるのは十分分かるし、あの爺さんより強いらしいとは、聞いてるけど」 まあ相手を見て見ないと、と考えを改めて特徴として教えられた『眼鏡』と『カレーパン』を探し始めた。どんな特徴だよとか思 いはしたが、この上なく幸せそうにカレーパン抱えてる眼鏡をかけた人物だとは聞いている。 『見りゃ分かる。そいつを中心に固有結界並の空気が展開されてるから』 すげぇ投槍な口調で答えたアインス爺さんの言葉が頭の中で再生する。どんな相手だよとは思うがいまの所駅前にそれらしい人物 はいない。眼鏡をかけている人ならば何人も通り過ぎているけど、一応いままではカレーパンを食べている人物というのも、いなか った。 「見逃すってことは、ないとは思うんだけど・・・・・・・・・」 僅かに不安になった時、また駅がいま来た電車に乗ってきたらしい人の波が改札から溢れてきた。 「・・・・・・・・・いた」 その人海を割くかのように・・・というかむしろ大勢居る人たちがその人物を中心に避けるようにして道を開けていた。パッと見 には、俺と同じか少し上位の、眼鏡を掛けた青い髪の女性はアインス爺さんの言った通り固有結界でも布いてるんじゃない? と思 わず聞いてしまいそうなほど強烈な幸せオーラを振りまいて改札を抜けてきた。 その発するオーラが余りに強烈なため、近寄りがたい事この上ない。 「あ、あの・・・・・・・・・? 」 勇気を振り絞って声をかける。 「はい? 」 喜色満面。この世の春を謳歌してますって感じの彼女は青い瞳を向けて二三度瞬き、 「ああ、貴方が衛宮さんですか。アインスから話は伺っていますよ」 「あ〜・・・やっぱり貴方が? 」 「ええ」 朗らかに微笑み、彼女はそれまでの雰囲気とはうって変わって鋭い視線をこちらに向けた。 「埋葬機関が第七位司祭・弓のシエルと言います。よろしくお願いしますね。衛宮士郎さん」 死の杯を求めて 第四話 暗躍/策謀/印度
あとがき
どうもどうも。今週も更新できました〜? 憂目です。
かなり切羽詰ってる状況なので今回は縮小版(涙)
ひ、ひぃ〜〜〜石を投げないでぇ〜〜〜。剣製も攻撃も勘弁してくださいぃ〜〜〜(滝)
憂目は不幸なラストは好きではありません!! ビバハーレムエンド!!
・・・・・・・・・でもイリヤは救えないかも(ボソ)